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a-game shop(国際通信社)の日記出張所です。店舗の商品紹介はもちろんのことアナログゲームのことや日々のつれづれごとを日記にして書いております。
a-game つれづれ日記
『STRONGHOLDS of the SAMURAI』
2009-03-28-Sat  CATEGORY: つれづれ
昨日、以下の本を出入りの業者さんが持ってこられました。

SHS_1.jpg


「すとろんぐふぉーるど・おぶ・ざ・さむらい」?? ええと……「侍の拠点」ってタイトルに訳したらよいの本ですかね。

疑心暗鬼でページをめくると、これがとてつもなくデキのよい本だったりするのですよ。日本と朝鮮半島の城や寺院などの防御拠点を日本の歴史の流れの中で紹介しているんですが、石垣の組み方や城郭の建築方法など部分部分には細かく丁寧に説明が加えられております。日本国内で同じ体裁の同じ内容の本を作ってもここまでまとまったものはなかなか作れませんねぇ。

全てを読み切ったわけではないので細かなところまでは説明できないのですが、今じゃ撮影不能なアングルからの写真があったりするので、誰がどうやってこの本を作ったのかとても興味がありますね~。

で、ぱらぱらと本をめくっていたときに上野寛永寺の黒門の写真が。

SHS_2.jpg

左ページ下の画像がそれなんですが、以前私も寛永寺に行ったついでに観に行きましたね。地図を片手に黒門ばかりに意識が飛んでいたので場所がどこなのか忘れてしまっていましたが、ネットで調べたところ円通寺にあるんですね。

で、この本の中で、黒門ののことを記述してある項目はと言いますと、「その他の歴史:僧兵寺院」という場所。……なるほど、確かに寛永寺はお寺だしなぁ。

へぇ、黒門のことも話題にしているんだと感心していたときのこと、出入りの業者さん曰く、

「ところで、寺院って本当に防御拠点になるんですかねぇ」と。

う~ん……受け売りなので、一次史料に当たったわけではありませんが、ここはひとつ。

大きな広場があり部隊を駐屯できる利点と、壁で囲われているところを考えると防御拠点として使用されていたことは事実。城下町がまだ当時の面影を残している滋賀県は彦根へ行ったときに調べたのですが、地図上で見つけられる寺院に印を入れると、城下にまんべんなく、城を取り囲むように配置されているのが分かります。同じように当時の城下町の面影を残す地域で同じことをしても結果は同じになるはずです。なので、寺院が「拠点」として存在したことは証明できるのではないでしょうか。

という歴史好きには楽しいお話しがちょこっとできる本なのです。

会社の資料として購入したので、しばらくの間は読ませてもらうことができそう。ちょっと楽しみが増えました。

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